なぜ「本物らしさ」「信頼」「文化理解」が、グローバルな共感を生むのか
いまや、コンテンツは世の中にあふれています。しかし、その多くは印象に残らないまま流れていきます。そんな中で人の心に届くのが、「関連性」のあるコンテンツです。それは、相手を理解し、信頼を積み重ね、ローカルな文脈にきちんと目を向けることで生まれます。
業界を問わず、多くのビジネスリーダーが「人とのつながり」を理想論ではなく、実務上欠かせない要件として捉え始めています。信頼、文化への理解、透明性は、目指すべき価値観ではなく、戦略を機能させるための実践的な要素だと認識されつつあるのです。
こうした考え方を裏付けるデータもあります。最近の研究によると、消費者の81%は「信頼できないブランドからは購入しない」と回答し、86%が「本物らしさ」が意思決定に影響すると答えています。
本記事では、「つながり」を支える実践的な仕組みに焦点を当てます。それがどのように築かれ、さまざまな分野でどのように機能し、そしてなぜ今、ビジネスの持続性を左右する要素になっているのかを紐解いていきます。
マーケティングにおける文化理解とは、単なる翻訳ではありません。
TikTok北米でビジネスマーケティング責任者を務めるRema Vasan氏は、マーケティング戦略における大きな変化について語っています。いまやブランドの役割は、「会話を主導すること」ではありません。すでにコミュニティの中で起きていることに、どう応答するかが求められているのです。
彼女はまた、B2B(Business to Business)という考え方を、B2H(Business to Human)として捉え直しています。 なぜなら、企業間取引であっても、その先にいるのは「一人ひとり異なる期待を持った人間」だからです。そうした期待を理解し、きちんと反映できているブランドほど、より多くの関心を集める傾向があります。
Rema氏が強調するポイントのひとつが、文化的な関連性は「必要なときだけオンにできるものではない」ということです。大きなキャンペーンの時だけでなく、目立たない日常の発信においても、一貫して存在していなければなりません。メディア露出のタイミングだけで関与するブランドは、なかなか記憶に残らないのです。
彼女は「文化は、休みを取らない。」と語ります。企業が本当に届けたいコミュニティに継続的に投資してこそ、関連性は少しずつ積み重なっていきます。
そのためには、単なる直訳では不十分です。Rema氏は、WARCによる調査を引用し、TikTokユーザーの64%が「文化的に関連性のあるコンテンツだと感じている」と述べています。これは偶然ではなく、言語の使い方、コンテンツのトーン、クリエイターの選定といった戦略的な判断の積み重ねによるものです。たとえば、複数の言語を織り交ぜた広告表現や、地域ならではの文脈・引用を取り入れることも、その有効な手法のひとつです。
TikTokの調査によると、バイリンガルユーザーは、日常生活を反映したコンテンツを好む傾向があり、その多くが「自分と同じバックグラウンドを持つクリエイター」を見たいと回答しています。これらの結果から見えてくるのは、幅広く当てにいく表現よりも、的確さが重視されているという点です。
こうした高い関連性を、複数の市場で同時に実現するために、Rema氏のチームでは「Symphony」というプラットフォームを活用しています。これは、地域ごとの翻訳や編集を効率的に管理できるツールです。また、他の企業では、Phraseを含む多言語対応の言語テクノロジープラットフォームを使い、グローバルなメッセージ管理を行っています。目指しているのは、明確さを保ちながら、地域ごとの文化や慣習を尊重することです。文化理解は「あればプラス」な要素ではありません。摩擦を生まずにブランドを拡大していくための、不可欠な条件なのです。
「聞くこと」を仕組みにする:戦略としてのカスタマーインティマシー
CanvaのChief Customer OfficerであるRob Giglio氏は、GTM(Go-to-Market)戦略において、よく見られる失敗パターンについて語っています。製品の開発スケジュールや達成目標に意識を取られすぎると、本来向き合うべき相手である顧客の存在を見失ってしまうことがあります。Rob氏は、その修正方法として、顧客から出発し、そこから逆算して考えることが有効だと述べています。
Canvaでは、この考え方に基づき、ユーザーからの要望を軸に社内の仕組みを見直しました。Rob氏は、年次のユーザー向けイベントを企画する際、最も要望の多かった機能改善や不具合修正を最優先したと説明しています。そして、それらの改善をイベント期間中に実際に提供しました。その結果、利用の立ち上がりが早まり、継続利用も強化されました。Rob氏はこの成果を、顧客の声と製品開発が直接つながっていたことによるものだと考えています。
またRob氏は、グローバル展開においては、どこでも通用する単一のメッセージに頼ることはできないと強調します。日本やブラジルなどでは、Canvaは現地の事情をよく理解している販売パートナーと協力する道を選びました。製品やブランドの調整も、その市場の期待を熟知した人たちが担っています。これは「選択肢」ではなく、必須条件だと彼は言います。
マッキンゼーの調査によるとデジタル分野で高い信頼を得ている企業は、売上成長率で他社を上回ることが分かっています。さらに、顧客のロイヤルティが高く、場合によっては価格面でも優位性を確立しています。Rob氏は、こうした成果は一時的な施策ではなく、長期にわたる一貫した姿勢の積み重ねによるものだと考えています。「私たちが重視しているのは、初年度の売上よりも、2年目・3年目に続く顧客との関係です。」
さらに重要なのが、時間軸の一致です。Rob氏は、購入のタイミングや季節ごとの業務サイクルなど、顧客の行動に合わせて提供時期を調整することを勧めています。それは、状況を正しく理解している姿勢を示すことにつながるのです。エデルマンの信頼調査によると、Z世代の購入者の79%が、ブランドへの信頼を重視していることが分かっています。そして一度その信頼を失うと、関心や関与は急速に低下し、簡単には回復しません。
技術に「人の文脈」を組み込む──分かりやすさと管理性を前提とした設計
eradataでAIおよび分析分野を統括するDr. Meeta Yadav Vouk氏は、AIの価値は、人の思考とどれだけ一致しているかによって決まると説明します。「私たちは、AIのためのAIは信じていません」と彼女は語ります。同氏のチームが注力しているのは、判断の影響が大きく、失敗が許されない領域です。
重要な意思決定に自動化を使うと、入力と結果のあいだに距離が生まれます。設計が不十分な場合、その距離は仕組みの分かりにくさや、責任の所在の不明確さにつながります。Vouk氏は、判断の過程を追跡できる仕組みを保つことの重要性を強調します。彼女のモデルでは、AIが出した結果には、信頼度の指標と判断理由が必ず含まれます。たとえば、融資を断る場合には、どの要素が判断に影響したのかを説明し、年齢や性別など、保護されるべき個人属性が考慮されていないことを明示します。
こうした仕組みは、分析担当者が「なぜその判断に至ったのか」「どこを調整すべきか」を理解する助けになります。Vouk氏は、これを安全装置のようなものだと表現しています。さらにJason Hemingwayは、人は多くの場合、なじみやすさと論理性によって信頼を築くと付け加えます。AIの判断過程が、人が読んで理解できる形で示されると、利用は広がりやすくなります。
現在、多くの組織が、より分かりやすく、責任の所在が明確な運用体制へと動き始めています。GoogleはAIの倫理ガイドラインを公開しており、EUでも加盟国全体に共通の基準を求めるAI法が進められています。Vouk氏は、こうした枠組みを前向きな動きだと捉えています。彼女によれば、信頼はブランド表現によって約束されるものではなく、透明性を通じて積み重ねられるものです。
彼女は文化ごとの調整が重要であることも強調しています。AIモデルは、地域ごとの受け手に合わせた細かな調整が必要であり、そのためには指示文の調整、コンテンツの管理、そして母語話者による出力内容の確認が欠かせません。
不確実性が形づくる信頼と回復力
システムの回復力を専門とするBrian Klaas氏は、混乱にうまく対応できる組織ほど、すべてをコントロールできるわけではないという前提を受け入れていると指摘します。著書『Fluke』の中で彼は、組織内部に信頼があることで、全体の一貫性を失わずに柔軟な調整が可能になると述べています。
彼は、効率を極限まで高めることと、持続性を確保することを対比させ、過剰最適化されたシステムは、冗長性を欠き、強い負荷がかかると崩れやすいと説明します。その例として挙げられるのが、スエズ運河をふさいで世界的な物流混乱を引き起こしたコンテナ船「エバー・ギブン」です。「たった一隻の船が大きな混乱を招いた」のです。この出来事は、効率重視で組まれた仕組みが、かえって弱点になり得ることを示しています。Klaas氏は、多少の非効率を許容してでも、柔軟性を残しておくことが重要だと提言しています。
回復力は習慣によっても育まれます。日頃から試行錯誤や方法の見直しが許されている組織ほど、予期せぬ出来事に直面したときの対応が早くなります。Klaas氏は、ロンドン地下鉄のストライキによって通勤者が別ルートを試さざるを得なくなった事例を紹介しています。その結果、約5%の人がより良い経路を見つけ、その後も使い続けたといいます。この変化は、混乱がなければ起こりませんでした。同じことはビジネスにも当てはまり、日常的にリスクの小さい調整を重ねておくことで、状況が変わった際の対応力が高まります。
ここでも重要なのが、組織内部の信頼です。2023年に行われたMicrosoft 組織ネットワーク分析によると、急激なリモートワーク移行期における同社の回復力は、インフラや形式的な計画ではなく、部門を越えた信頼関係によって支えられていました。
大きな混乱の中でも、従業員同士の関係性の62%は維持され、さらに14%では新たな部門横断のつながりが生まれており、人々が互いと経営層を信頼することで、自律的かつ柔軟に行動していたことが分かります。一方で、信頼の低い環境では判断の遅れや意思疎通の断絶が起こりやすく、備えの本質は仕組みや設備だけでなく、人と人との関係性にあることが浮き彫りになります。
Klaas氏は、この考え方は新しいものではないとして、2018年のカリフォルニアのワイナリーを対象にした調査を挙げていますが、そこでも災害への備えを最も強く左右していたのは、設備や計画ではなく、組織内の信頼でした。人は、経営層や周囲の人を信頼できているときほど、自律的に行動します。一方で、信頼が低い環境では、判断をためらいがちになります。
Klaas氏は、明確さと共通の目的を重視するリーダーシップのあり方を勧めています。細かな管理よりも、現場で判断できる余地を広げる方が効果的だという考え方です。マッキンゼーの調査によると、自社の従業員から信頼されていない企業を顧客が信頼する可能性は低いとされています。これはブランドの持続性にも直結しており、従業員から信頼されていない企業は、後に外部からの評価にも苦しむ傾向があります。
ビジネス指標としての「つながり」
多くの業界で、すでに変化が始まっています。関係者の関心は、短期的な成果よりも、長期的な関連性を示す指標へと移りつつあります。具体的には、顧客の継続利用、属性ごとの利用状況、信頼に関する評価、地域ごとの関与度などです。
- マーケティングでは、文化への配慮と、受け手の期待とどれだけ合っているかを測定できることが、成果の条件になっています。キャンペーンは、ブランドが「自分たちを理解している」と感じてもらえるかどうかで評価されます。
- 製品戦略では、前進の指標は新機能の数ではなく、顧客が使い続けているか、そして意見がどれだけ反映されているかです。新機能の定着や満足度は、どれだけ丁寧に声を受け止める仕組みが機能しているかを映し出します。
- 技術分野では、性能指標と並んで、透明性やプライバシー、利用者がどこまで制御できるかといった観点が設計レビューに組み込まれるようになっています。これらはパフォーマンス指標とともに計測されています。
- 経営の分野でも、従業員意識調査や変化への対応速度を通じて、内部の信頼が継続的に確認されています。意思疎通が健全な組織ほど、外部からの衝撃に対して高い回復力を示す傾向があります。
「つながり」は、マーケティング用の流行語ではありません。企業が注目を集め、それを維持し、不確実な状況の中で事業を続けていくための、測定可能な要素です。これを重要な経営指標として扱う企業ほど、より良い判断を下し、より多くの顧客との関係を保っています。これからの10年で存在感を高める企業は、こうしたつながりを長期的に維持できる企業である可能性が高いでしょう。
JLLのLorena Morales氏が語る、学び直しと足並みをそろえる力、そしてグローバル成長の人間的側面
JLLでグローバルデジタルマーケティングの収益オペレーションを統括するLorena Morales氏は、過去のやり方を手放すこと、信頼を軸に関係者の認識をそろえること、そしてAIを置き換えではなく支援役として使うことが、目的と精度を両立させたグローバル展開につながったと語っています。






