ローカライズ戦略

専門家によるアドバイス:ゲームの高品質なローカライズの実現を保証する方法とは

世界のユーザーに受け入れられるゲームを生み出すには、妥協のない品質でのローカライズが欠かせません。ゲーム業界の3名の専門家が、ライバルの一歩先を行く方法を明かしてくれました。
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ここに完璧なモバイルゲームがあるとします。グラフィックは美しく、サウンドは比類のないクオリティです。国内マーケットではきっと人気を博すでしょう。でも、グローバル展開するとなると、どうでしょうか?他の国・地域でも受け入れられるには、具体的に何をすればよいでしょう?ゲームを世界的にヒットさせるために、何か参考にできるアプローチはあるでしょうか?

2021年10月に開催されたGame Global Digital Summitでは、Phraseのカスタマーサクセス部門責任者を務めるAndrea Tabacchiがパネルディスカッションを主催し、ビデオゲームの持続可能な高品質化に向けて、ローカライズ担当者とゲーム開発者の双方が抱える課題と可能性について有益な知見を共有しました。

今回の記事では、ディスカッションに登壇した3名の講演者がゲームローカライズの3大課題だと考える「適切なタイミングでの着手」「優秀な人材の確保」「問い合わせの管理」について解説していきます。ライバルの一歩先を行くために必要なノウハウを伝えてくれるのは、トータルで45年以上の経験を持つ以下の3名の専門家たちです。

  • Natalie Gladkaya氏 Plariumローカライゼーションディレクター
  • Mikhail (Mike) Gorbunov氏 Social Quantumローカライゼーション責任者
  • Kseniya Shorokhova氏 Playrix ローカライゼーション責任者

ビデオゲームのローカライズにおける「品質」とは?

まず、ビデオゲームのローカライズにおける「品質」とは何かを考えてみましょう。Playrix社のKseniya Shorokhova氏は、それがまるで現地で制作されたゲームのように感じられるとき、質の高いローカライズがなされているといえると話します。完全にそう感じさせるのは難しい場合でも、翻訳の質次第で、シームレスなユーザー体験を提供することができるでしょう。

ただ、専門家たちが強調しているのは、品質とは製品そのものだけではなく、その開発プロセスにもあるということです。つまり、ゲーム業界で最高品質のローカライズを実現したいなら、チームとワークフローも最高品質にする必要があるのです。

課題その1:適切なタイミングでの着手

高品質なゲームローカライズを実現するための最初の課題は、適切なタイミングで着手することです。Social Quantum社のMike氏が指摘するように、ゲーム開発工程においてローカライズは後回しにされがちですが、実際にはグラフィックやサウンドデザインなどと同じくらい重要な要素です。後回しにしてしまうと、いざローカライズに取り掛かろうとしたときに、コードやユーザーインターフェイス、画像などの処理に問題が生じ、作業に支障をきたしてしまうことがあります。

言語以外にも考慮すべき点があります。ゲームローカライズの成功には、翻訳だけでなく文化的な要素も大きく影響します。そのため優れたプレイヤー体験を提供するには、対象となる文化でのニーズや期待に合わせて、配色や画像、キャラクターなどを変更する必要があるかもしれません。つまり、新市場への進出にあたっては検討すべきことが数多くあるため、ゲームの開発が終わってからローカライズに取り掛かるのでは遅いのです。

解決策:開発の初期段階からローカライズ戦略を組み込む

Kseniya氏は「ローカライズは、実際の翻訳作業のかなり前から始まっている」と言います。つまり、質の高いローカライズを実現するには、ゲーム開発の初期段階からローカライズ戦略を組み込むことが極めて重要です。Mike氏は、ローカライズチームと他部門の良好な関係が、質を高める鍵だと考えています。開発者、アーティスト、サウンドデザイナー、プロデューサー、法務部門、マーケティング担当者など、すべての関係者が、ローカライズのワークフローを知り、その中での自身の役割を認識する必要があります。

Natalie氏は、ローカライズチームを中心に、ゲームの初期ビルドに含めるべき技術要件やチェックポイントのリストを作成し、開発者や品質保証部門と共有することを勧めています。このようなリストにより、言語別のフォントや形式、構文や言語構造、ロケールに応じた文字列の追加/削除などを考慮した、コードの作成ができるようになります。つまり、対象言語への変換を行う時点で、すべての前準備が整っている状態にするのです。

ヒント:ローカライズに関する情報を他部門と共有し、協調して作業を進める

Social Quantum社のMike氏は、さまざまな関係者にローカライズ工程を説明する機会を持つことを勧めています。同氏は、あるプロジェクトで丸1か月かけて、UIチームに他言語の文字制限や語順のルールを説明した経験があると話します。

Playrix社のKseniya氏もこのアプローチに同意し、マーケティングチームに翻訳テキストを扱う際の注意点を伝えるために、ローカライズのルールをリスト化したことがあると言います。このような工夫により、最終段階でのミスを防げます。時間や手間はかかりますが、製品全体の品質向上につながるのであれば、決して無駄にはなりません。

課題その2:人材の確保と維持

モバイルゲーム開発で質の高いローカライズを実現するには、いかに適切な人材を見つけ、維持するかも重要な課題となります。社内でチームを作るべきか、それとも外部の協力企業に頼るべきか?自身がゲーマーであるリンギストを優先的に探さなければならないのか?といったことが課題となってくるでしょう。

Natalie氏が指摘するように、とくにモバイルゲームでは人材の維持・確保が重要です。完成品を販売するコンソールゲームとは異なり、開発が継続的に行われるモバイルゲームでは、長期間にわたって安定した品質レベルを保たなければならないため、専任のリンギストチームを確保する必要があるのです。そのようなリンギストをどのように見つけ、維持していけばよいのでしょうか?

解決策:チームの雰囲気と一体感を高める

ゲームローカライズを担う翻訳者の採用に、唯一の正解があるわけではありませんが、注目すべきポイントがいくつかあります。Kseniya氏は、リンギストがあらかじめゲームに精通していることは必須ではないと言います。それよりも重要なのは、言語に対する確かな能力と情熱があること、自分の役割に責任を持つと同時にチームプレーヤーとして協調できること、そしてフィードバックを受け入れ、進んで学ぼうとする姿勢があることです。そのような資質が備わっていれば、ゲームに関する技術的な要素は後から学んでもらえます。

Mike氏は、さまざまな言語に対応するには、社内の言語担当者、フリーランサー、言語サービス企業(LSP)を組み合わせた体制を作るのが良い場合もあると話します。ただ、どのようなチーム構成であっても、人材を確保・維持するための鍵は、チームに前向きな良い雰囲気があることです。ローカライズチームをサポートし、そのアイデアに耳を傾けることは、製品の品質向上に大いに資するでしょう。

ヒント:リンギストに積極的に関わってもらう

Plarium社のNatalie氏は、ゲーム経験の有無にかかわらず、リンギストにゲーム開発工程に積極的に参加してもらうのが良いとアドバイスします。メインは言語の仕事だとはいえ、ゲームのコミュニティやプレイヤーの動機を理解することは、ローカライズの品質向上につながります。ゲームのプレイテストに参加し、フィードバックを提供することで、リンギスト自身もゲームに興味を持つでしょう。それにより、個人的にも製品に貢献したいという意欲が湧き、より質の高い翻訳を生み出してくれるはずです。

課題その3:問い合わせの管理

あらゆるローカライズ業務において、問い合わせの管理は品質確保の鍵となるポイントです。とくにゲームのような、多くの人が関わる複雑な製品の開発では、問い合わせの殺到により、進むべき方向を見失ったり、同じような作業を繰り返してしまったりする恐れがあります。

Andrea氏が「非常に面倒なプロセス」だと言う、この問い合わせの管理を改善・効率化するには、どうすればよいのでしょうか?

解決策:中間を省く

Kseniya氏は、ローカライズチームが既に使用しているツールに、問い合わせ管理を統合するのがポイントだと話します。日々の業務の一部に組み込むことで、それだけのために時間や労力を割かなくてもよくなり、見落しが起こる可能性も減らせるからです。

同氏は、言語別に問い合わせ担当リーダーを置くことで、プロジェクトマネージャー(PM)の負担を軽減できると言います。また、開発者、社内翻訳者、外部の協力企業など、さまざまな関係者が直接コミュニケーションをとって、お互いの質問に回答できる仕組みにすることで、中間を省き、プロセスをより効率化できます。

Mike氏は、リンギスト同士が質問をし、ディスカッションを行うのに理想的なプラットフォームとして、Telegramを挙げています。ディスカッションが活発になれば、調整役としてのPMの業務が増えてしまうと思われるかもしれませんが、Mike氏の経験では、うまく自己管理がなされているといいます。

また、Natalie氏が指摘するように、問い合わせを記録・追跡する仕組みの確立にも価値があります。例えば、ゲームの内容や技術的な事柄について、翻訳者が素晴らしい提案をしてくれるかもしれません。その提案は現在のプロジェクトには間に合わなくても、今後のゲームの改善に貴重な情報となるはずです。

ヒント:ユーザーからの問い合わせにも積極的に対応する

Social Quantum社のMike氏は、プレイヤーからの情報や意見は、ゲーム開発関係者からのフィードバックと同様に価値があることを忘れてはいけないと言います。例として、あるイスラム教徒のプレイヤーから「ゲーム内のモスクが大聖堂よりも小さく見えるのはなぜか」という質問が届いたことがあります。

イスラム文化では、ある宗教施設を他の建物よりも大きく描くと、その建物の優位性を示すことになるといいます。イスラム社会の人々に不快な思いをさせないためにも、こうした不備の修正は重要です。このようにプレイヤーが問題を報告する場を設けることは、開発関係者の学びや、製品の品質向上に役立ちます。

ゲームローカライズのレベルアップに向けて

Mike氏が話すように、他の機能がどんなに素晴らしくても、ローカライズが悪ければゲームは台無しになってしまいます。逆に、優れたローカライズを実現できれば、ゲームの魅力が高まり、プレイヤーの体験を新たなレベルへと引き上げられます。だからこそ、ローカライズを後回しにしないことが大切です。ゲームの筋書きやグラフィック、サウンドなどと同じように、ローカライズにも時間と手間をかければ、素晴らしいゲーム作品が生まれるでしょう。くれぐれも手遅れになってゲームオーバーとならないように……